2008.06/30(Mon)
しらばく休業
2008.06/30(Mon)
DOI 最終日昼公演メモ
3日目最終日昼公演でアタクシが今日、「おおっ」と思った瞬間:
- 佐々木彰生君の新EXプロで、南席の前でとっても面白い動きをした(オネェな動き 笑)
- 南里君の『津軽海峡冬景色』でツボな動きがたくさんあった!
(おやすみなさいポーズでバックで滑っていく様子etc。凄く好きなオモロ系)
- 鈴木明子さんは、会場がぶおっとスタオベになり、鈴木さん自身が感動してちょっと泣いてた
- 川口悠子さんの演技。感動して泣きました。
- ランビのポエタ全体。気合が凄かった!
- ジョニーが滑り終えた後、スタオベだけど、彼自身は何となく不満げに見えた
- 小塚君が反時計回りと時計回りの連続ジャンプをやった(テレビのより上出来だったと思う)
- 真央ちゃんがやたらにカコヨかった!特に曲調が変わってから!
大輔君の演技はなぜか覚えていない。ビームを浴びた覚えもないのに・・・妙だよね・・・
フィナーレで佐々木君がジャンプに大失敗して転倒し、大輔君の足元方面にうつぶせ状態で3−4mくらい滑っていきました。大輔君は隣のヒトと雑談しながら軽〜くよけてました。(ドンマイとか、言葉をかけてやってよ→大輔君) 佐々木君は恥ずかしそうにしていました(笑)
へこむ話
今日残念だったのは、隣の席の人がおしゃべりが嫌いらしくて、話しかけたら嫌な顔されたこと・・・
「今の南里君のやつ、おもろかったですね!!」「・・・・・・・(フッ、と鼻で笑う)」
「小塚君が反時計周りと時計回りを連続でやりましたね!!」「・・・(さあねという顔)」
とても寂しかった。こういう時、ひとり観戦って辛いな。
前の席の人は、彼女がお気に入りではない選手に対して私がスタオベするのが気に入らなかったらしい。「アレのどこがスタオベ?」って聞こえよがしに言われた・・・ その人は大輔君のときだけスタオベしてた・・・ え”ーー大輔君ファンかよー。・・・ ものすごくへこんだよ・・・
2008.06/29(Sun)
テレビで放映されないようなDOIプチ情報
2008.06/28(Sat)
お写真いっぱい&ランチョン
毎日新聞 写真一覧
観にいくのは明日なのですが、みちゃおーっと。
・・・赤と黒ですか。いいんじゃないの?
赤と黒、赤と黒、『赤と黒』・・・ スタンダール。主人公はジュリアン・ソレル。ジュリアンは23歳で処刑された。23までの命。誰かもそんなこと言って・・・ あ、また自爆しそうなので、話変えなきゃ・・・
今日のランチョンパーティーは・・・ 行く前から大輔君が出ないことは知っていました。アタクシ、先日自分で作った「もっとオレに集中しろ!」フラッシュで自爆してしまった模様。大輔君に心が集中してしまった。行くのやめようかなーとも少し思いましたが、とりあえず遅刻しつつ会場へ。テンション低っ!
最初に男子選手が壇上へ。小塚くん、南里君、中庭さん、織田君、ジョニー、ランビの順。一人ずつ今シーズンの抱負を語りました。小塚君の声はマイクを使っているのにもかかわらず声が小さすぎて何を言ってるのかわかりませんでした。南里君は就職した先の明太子の宣伝を加えてました。中庭さんにとって昨シーズンは今までで一番悔しかった、と言っていました。織田君は謹慎中にファンの方からのメールに励まされた、今シーズンはモロゾフコーチにつき、ローリーの振付で頑張る。日本人選手の中では一番の声援でした。ジョニーはNHK杯にも来るからって。ランビはコーチ変更がとても難しい選択だった、これからは、ここにいるmy friendのジョニーと頑張る、日本はこの世界のどこにもないほどのファンのサポートがあってうれしい。
ファンの方々がステージの下にどっと詰め掛けていましたが、アタクシ、何となくそういう気になれず、とーくから見ていました。むしろその方が目立ったらしく、ランビが時々こっちを見てました。なので、ウィンクして差し上げましたわ。ランビはくすっと笑ってくれました。ランビとジョニーは会場のファンをよく見ていて、手を振っている人には手を振り返したり笑顔を送ったりしていました。
女子とペア部門で来てくれたのは中野さん、村主さん、サラ・マイヤー、川口さんペア。印象深かったのが川口さんがパートナーが言ったロシア語の通訳をしてたこと。
抽選プレゼントがたくさんありました。
1.壇上の選手がその場でTシャツにサインしてプレゼント 各1名
2.大輔君のサイン入りDOIオフィシャルプログラム 15名
3.真央ちゃんサイン入りDOIオフィシャルプログラム 15名
4.選手が選んだネイルアートのなんか ?名
5.DOI選手全員のサイン入りのボード 1名
ジョニーとランビのTシャツが当たった方たちは両頬にチューしてもらってハグしてもらってた!
アタクシは何も当たりませんでした ↓↓↓
COIが9月に日本であるみたいですね。ジョニーとランビが再登場して、僕たち出演するよ〜ん、観にきてくださいね〜、と言ってました。ランビは多分、このCOIが今年最後の日本での演技になるから、絶対来てっ、と。
会場はモノクロでチャラチャラした女の人、たくさんいましたね!アタクシ、本日はDKNYの不思議系シースルーのワンピを着ていきましたの。ブラウン系の。ちょっとエッチなドレスなので、電車の中ではオッサン&兄さんたちにガン見されました。倉敷でのガン見事件以来、もうガン見されるのは慣れた!(笑)っていうか、あのドレスには 「お前たち、見るがいいっ!」 っていうメッセージがこもってる(笑) 会場で引っかかった人 → ランビ(笑)
さてと、今から大輔君へのラブレターでも書くとするか・・・
2008.06/27(Fri)
四回転フリップ!
2008.06/26(Thu)
ISUジャッジ試験
今日ISU Communication No.1502がアップされたので、キタ―(゜∀゜)―!と思いましたが、違いました。ISUジャッジ試験とセミナーのお知らせでした。こんな裏方の話、誰が興味あるだろうね、と思いながら、試験の概要部分を翻訳してみました。こういう雑多情報も、チリも積もれば今に分厚いフィギュア知識のバックボーンになるんじゃないかと。
ISU Communication No.1502
ISU Single & Pair Skating Judges Examination 2008
2008年 ISUシングル・ペアスケート部門ジャッジ試験
ISU憲章425条11項に基づき、シングル・ペアスケート部門のISUジャッジ候補生に対する試験を実施する。試験は国際大会であるNebelhorn杯に合わせ、2008年9月25日から27日にドイツのOberstdorfにて行う。
(ろこ: やっぱりアイスダンスは別格だと思っていました!ジャッジ試験も別々なのね!)
試験は、シングル・ペアスケート部門の技術委員会が選んだ5名以下のISUチャンピオンシップレフリーから成るパネルによって英語で実施される。
試験はNebelhorn杯と昔の試合のDVDを使用して行う実技試験と、50問の筆記試験の2部構成となる。筆記試験は二者択一、多岐選択、記述式問題(英語)からなり、シングル部門(ショートプログラムとフリースケート)について20問、ペア部門(ショートプログラムとフリースケート)について20問、残りの10問はシングル・ペア部門の特別規定と技術規則をカバーする一般問題となる。
記述式問題は2008年シングル・ペア部門のISU特別規定と技術規則、及び関係するISU Communication (No. 1445, 1459, 1494 及び総会決議についてのISU Communication) から出題される。筆記試験に合格するためには、全体で84%、各5セクションで70%以上の正答率をあげなければならない。
試験に合格した候補者たちはISUジャッジリストに名前が記載される権利を即座に受けるものとする。
費用
費用負担は下記の通りとする。
a) 事務費用はISUが負担する
b) 試験官の旅費、食費、宿泊費はISUが負担する
c) 受験生の旅費はそれぞれが属するスケート連盟が負担する
d) 受験生の宿泊費、食費はISUが負担する
受験生の英語力が実用レベルに達していない、と、シングル・ペアスケート部門の技術委員会が判断した場合は、受験生が所属するスケート連盟はISUが負担した受験生の宿泊費、食費をISUに返金すること。
翻訳は以上でおしまい。
現在田村明子さん著の『氷上の光と影』を読んでいます。新採点方式成立の経緯が書かれていて面白いです。この試験もそこから派生しているんですよね。試験問題見てみたいけど、多分門外不出でしょうねー。もちろん「赤本」も「でる単」も「傾向と対策」もないっすよね(笑)
どこかのサイトの「ジャッジになるには」っていうのを読みましたが、長い道のりですねー。日本のジャッジの皆さん、頑張ってくださいね〜!
2008.06/25(Wed)
氷雪エネルギー使用のリンク
土谷特殊農機具製作所は北海道帯広の企業。
「カールプレックスおびひろ」は雪氷エネルギーを利用してアイスリンクの空調などの施設維持費を既存のリンクの半分以下にすることを実現した新しいタイプのアイスリンクです。
氷雪エネルギーというのは、冬の間に帯広の寒い気候を利用してCO2排出ゼロで200トンの氷を製氷、貯蔵し、これを利用して施設の冷房、除湿の空調管理を行う、というものです。
小学生のとき、未来の世界の絵を描けといわれ、「気候かんづめ」を描いた想い出が。「気候かんづめ」というのは、冬には寒い空気、夏には熱い空気を缶詰にておいて、冬には夏缶、夏には冬缶を開けると、空調がいらない、というしくみでした。まさにコドモの頃の夢が現実になったかんじです!
ただし、これを利用できるのは冬にとんでもなく寒くなる地域だけなので、臨海スポーツセンターには直接は使えなさそうですね。
でも、こういった企業がちゃんと世の中にはあるんだ、ってことがわかって嬉しかったです。
土谷特殊農機具製作所は農機具メーカーでありながら、スポーツメセナ(スポーツでの社会貢献)を掲げる珍しい企業です。社長さんは「この周辺は高校や帯畜大など学校が多くある。世界を目指す選手育成につながれば」と話していらっしゃいます。
ウィンター競技を応援してくれる社長さん、がんばれ!フィギュアのリンクもそのうちこういったクリーンエネルギーでできるといいな!
「カールプレックスおびひろ」ホームページ → リンク

2008.06/24(Tue)
いくらちゃんが喋ったっ!
2008.06/24(Tue)
いくらちゃんが冒険された(BlogPet)
2008.06/24(Tue)
ワグナー、ヒューズからヒルにコーチ変更(6/23/2008 icenetwork.com記事の翻訳)
ワグナー、ヒューズからヒルにコーチ変更
icenetwork.com 6/23/2008 の記事のテキトーな翻訳 → 原文へのリンク
(6/23/2008) 全米選手権銅メダルのアシュレイ・ワグナーは本日、6年間師事したシャーリー・ヒューズとの師弟関係を解消し、プリシラ・ヒルのもとでトレーニングを始めると発表した。
(ろこ:ジョニーの元コーチですね!!)
「この変更で、いままでとは違う大人っぽさを私のスケートに加え、オリンピックに出場するという夢に近づけたらいいと思います」 とワグナーは言った。
ワグナーは2002年1月にヒューズのもとでトレーニングを始めた。2006年秋、ジュニアグランプリシリーズの2大会で優勝し、ジュニアグランプリファイナルでは2位となる大成功をおさめた。続く2007年には全米ジュニア選手権と世界ジュニア選手権でそれぞれ銅メダルを獲得した。
シニアでのデビューとなった昨シーズン、ワグナーはスケートカナダで5位、パリのエリックボンバール杯で銅メダルを獲得した。2008年全米フィギュア選手権で銅メダルを獲得したことにより、四大陸選手権と2008年世界フィギュア選手権の出場枠を獲得し、それぞれ8位、16位となった。
「ヒューズ先生が私のためにしてきて下さった事の全てに感謝します。彼女がいなければ世界選手権に出場することは無かったと思います。今は自分の将来だけを考えて、この変更をするに至りました」 とワグナーは言った。
「私はアシュレイと、彼女と一緒に成し遂げたことについて、とても誇りに思っています。彼女のこれからの冒険に心から幸運を祈っています」 とヒューズは語った。
ヒルはジョニー・ウィアーを指導して2004-06に全米選手権3連覇に導いたが、去年の夏に決別した。ヒルは全米選手権銀メダル4回のアイスダンスペア、Melissa GregoryとDenis Petukhovも指導している。
「アシュレイと一緒のエキサイティングなシーズンを楽しみにしています。彼女には素晴らしい才能があるし、強い競争心もある。彼女の成長と発展に寄与できることを嬉しく思っています」
この秋、ワグナーはウェストポトマック高校の3年生になる。彼女は北京のCup of Chinaと東京のNHK杯に出場する。
(ろこ: ワグナーも動きましたね!彼女には怪しい魅力があるので、とても楽しみです!アメリカのジュニアから上がった3人の中で、一番好きかも。おせっかいですが、プリシラ・ヒル、NHK杯でジョニー・ウィアーと会っちゃいますね。
女子選手の話題は殆ど翻訳しないのですが、今回はジョニーがらみなので翻訳してみました。
翻訳って写経みたいに心が落ち着きます・・・大輔君欠乏症で心がすさんでいるので・・・)
2008.06/23(Mon)
エヴァ子ちゃん、かく語りき
☆☆☆☆☆
BGMが「シャキーン」音で有名なエヴァ子ちゃんは、とある雑誌でこう語っている。
「日本舞踊大会は、とっても気持ちよかったわ。シーズン中は競争でメラメラしちゃってるけど、友達としてお互いを応援できたので素敵だったわ。(注:ステファニーが自身の演技後に、エヴァ子ちゃんに握手を求め、お互いのデキを褒めあって、めっちゃフレンドリーだったことを言っているらしい) とっても楽しかった。チームのために上手に踊れてよかった!」
15,000席の客席はぼぼ満席だった。
「クレイジーだったわよ。みるみるうちに、見渡す限りアリーナが一杯になったの!あたしたちがやっていることに対して、観客たちが心の底から大喜びしてくれたのよ。あんな素晴らしい環境のもとで滑れて嬉しかったわ」 (ろこ: 特に大喜びしてたのって、アタクシよね?→エヴァ子 しつこい 笑)
ついでにミラちゃんも、かく語りき。
「日本の観客はマジで応援してくれるのよ。まるでロック・スターみたいに扱ってくれるの。とっても楽しかったわ〜」
☆☆☆☆☆
楽しんでくれてよかった!確かに日本舞踊大会の席の埋まり具合は米国大会の閑散さ加減と比べたら雲泥の差でしたね。そういえば、アメリカ国内の有名な夏のアイスショーも、客が入らないから今年は日程を短縮するっていう記事がありました。去年はタダ券をばら撒くほどだったとか。
エヴァ子ちゃん、日本のこと好きになってくれたのかしら。だからFOIも来てくれるの? お友達のペアも呼んでくれて。選手に好かれてるという感覚って、嬉しいですね!
エヴァ子ちゃんたら、3週間モスクワにいるって報道されてたけど、FOIってちょうど3週目の終わりでしょ?2.5週間で切り上げて日本に来るのかしら。もし、来てくれたら嬉しいけれど、無理しないでタラちゃんの指導をしっかり受けてきて欲しい気もしますよ・・・
2008.06/22(Sun)
存在の耐えられない軽〜いエントリー (バカップル注意!)
買って来た服を着て見せたらジロは言った。
ジロ: 「うわっ、何でそんな色選ぶんだよ。顔の色と合ってない」 ←DOIランチョンが気に入らなくてグレている
ろこ: 「・・・」
ジロ: 「これにどんなアクセあわせるの?」 ←でも、コーディネート魂に火がつく・・・
ろこ: 「無くていいんじゃないの?」 ←火に油を注いでみる・・・
ジロ: 「信じらんねえな。この襟ぐりじゃ顎のラインが綺麗に出ない。NG過ぎ」
ろこ: 「・・・」 ←かかった!( ̄ー+ ̄)
ジロ: (ごそごそごそ)「じゃ、手持ちのだったら・・・これをして、これも重ねづけ・・・ どう?」
ろこ: 「おおおぉぉぉぉ。チャラチャラしたヒトみたいだ」←褒めて育てる
ジロ: 「でしょ?でしょ?
あー、でも、やっぱり補色の※※色のアクセが欲しいなぁ
ちょうどいいの売ってるところ知ってるから買って来るよ
靴はねぇ・・・」←楽しそうだな。DOIはOKだな。フッ現実的効率的に服を選ぶ水瓶座でSのアタクシと服装にうるさくロマンチストで頑固なうお座S男のバカップルな午後のひととき・・・ (でもランチョンにはチャラチャラして行きませんからっ)
↓『存在の耐えられない軽さ』 トマシュとテレーザの最後のダンス 「6」は2人の運命数・・・
2008.06/21(Sat)
新ルール発表
ISU定例総会がモナコで行われていましたが、新ルールについて決着がついたようですね。
ただし、記者発表には変更のさわりしか言及されていません。詳細はというと、先日発表されていた128ページにわたるAgenda (ISU Communication 1495) に、カキコがされているという形になっています。
→ カキコされてるアジェンダへのリンク (6/22/2008追記 コメントでよせられているように、これはまだ提案時点のものらしいです。睦月さんありがとうございます!!)
想像では、取り消し線が引かれているところは否決された内容で、無印が承認、アンダーラインが引いてあるのは新たに了承されて書き加えられた部分ではないかと。 (6/22/2008追記 同じくコメントで寄せられておりますが、提案時点の状態のようです)
ちゃんとしたISU Communicationが発表されるのを待ちましょう・・・ ただし、こんな内容がチラ見できました。
◆アイスダンス (Press Releaseより)
- フィンステップが新たにコンパルソリーダンスの種目として認証された
- 2010-2011シーズンから2プログラム競技にするという提案を議決。
(現行はコンパルソリー、オリジナルダンス、フリーダンスの3プログラム競技)
◆エレメントを減らす (Agenda P.73)
スピン
- フリースケートのスピンの数を現行の4から3に減らす。
- 3つのスピンはコンビネーション、フライング、単一ポジションをやること
数週間前のエントリーで書きましたが、単一ポジションのレベル4で点数が高いのはレイバックとキャメル。シットは点数が低いので、多くの男子選手はキャメルに走るのでは、と期待!キャメルはバリエーションをつけるのが難しいかもと想像・・・ するってぇと・・・
大輔君のレイバックが炸裂するシーズンになるっ?
※念のために原文はこちら
maximum of 3 4 spins, one of which must be a spin combination, one a flying spin and one a spin with only one position;
(6/22/2008追記 下記のジャンプの点数については記者発表に含まれていなかったので、今の時点で最終決定は不明です。)
◆ジャンプコンビネーションの点数 (Agenda P.51)
この項目には「この提案を了承するにはルールブックのRule 522, Paragraph 1. c),の変更が必要」、って書いてあるので、どこまで了承されてるのかよくわからない。とりあえず、こんな内容です。
- 2番目(と3番目)のジャンプの基礎点が1.5倍されて計算される。(小数点第二位までに四捨五入)
- ジャンプシークエンスになった場合のセカンドジャンプの点数2割減っていうのは取り消し線が引かれているので、否決されたように見えますけど、実際どうなんでしょうね。要確認。
※念のために原文はこちら
Jump combinations are evaluated as one unit by multiplying the base value of the second (and third jump if executed) by a factor of 1.5 then adding the factored base values to the base value of the first jumps included and applying the GOE with the numerical value of the most difficult jump. The factored base value of the jump combination will be rounded to two decimal places;
例) 大輔君のSwan Lakeの最初の3F+3Tを見てみよう
現行ルールでのBase Value : 3F (5.5) + 3T (4.0) = 9.5
新ルールでのBase Value : 3F (5.5) + 3T (4.0) x 1.5 = 11.50
このルールが本当に発効して、それを最大限に使うなら、セカンドとサードに高い得点のジャンプを入れないと。
大輔君は4,5月のアイスショーでひたすらセカンドジャンプをトリプルループにしようとしてましたよね。もしトリプルトウループのかわりにトリプルループにするとこうなる。
3F (5.5) + 3Lo (5.0) x 1.5 = 13.00
大輔君、さすがです。「点数とかルールとかよくわかんないんですどぉ」発言に疑惑(笑)
ちょっとはっきりしないので、早くISU Communicationを発行して欲しいです!
2008.06/20(Fri)
Cuteなファンたち
(※一昨日のエントリーとあいまって、PCの動作が鈍くなってますかぁ?申し訳ございません!)
↓大輔君が振り返る直前まで身だしなみを整え、笑顔でジャンプ!
大輔君もクスっと笑ってしまう。
2007 Skate America SP
↓「アコム」の「ム」の上の2列目の彼女。マンガのような「うっとり」ポーズです。
そのキモチ、よくわかるよっ!!
2007 Skate America EX
↓綺麗なブロンドの女のヒトが拍手してる。その右下は黒髪&金髪ペアが超嬉しそうに見てる!
2008 4CC FS
あとワタクシが好きなファンの中に、2007 Skate America SPで、ストレートラインステップの直前のスピンで、大輔君がすごく深いスピンをしたとき、「Cool !」って最前列の彼女が言っているのがあります。残念ながら画面を縮小すると口の動きが消えてしまうので今回は涙を呑んで割愛しました!
2008.06/19(Thu)
ロッテルダムフィルハーモニー日本公演行きました
お目当てはピアニストのユンディ・リでしたが、私が猛烈に心を奪われたのは指揮者のヤニク・ネゼ=セガン(Yannick Nézet-Séguin)です。1975年生まれの32歳。カナダ生まれ。2008-09シーズンからロッテルダムフィルハーモニーの音楽監督に就任し、同じく今年の9月からはロンドンフィルハーモニーの主席客演指揮者に就任するのです。
彼の指揮は、カロリー消費がとても高いと思います。あれだけ猛烈なアクションで指揮をしているヒトは初めて見ました。体全体が音楽そのものでした。
中でも凄いのが、タクトを持っていない左手の動き! 大輔君びっくりの艶かしさで、繊細かつ大胆に宙を舞っていました。顔もめちゃめちゃ笑顔になったり、戦いの顔になったり、悲しい顔になったり。背中から伝わるビートも迫力がありました。
演奏も素晴らしく、オケ全体からα波がでていました。あまりの美しさに5回ほど涙がどっと溢れました。楽章が終わるたびに首まで流れた涙をハンカチで拭いてました。そして最後はやっぱりブラボーと叫んで猛烈に拍手しました。
ヤニク・ネゼ=セガン、最高!あそこまで観客の魂を揺さぶれる音楽を作れるなんて!また来日して欲しいです。
動画。前半左手が素晴らしい。3分過ぎからはアクションが素晴らしい → リンク
2008.06/19(Thu)
大輔ビーム

2008 4CC FS
↓ これはかなり羨ましい図 ラッキーなヒト:白いジャケットの女性。魂に稲妻

2007 World EX
↓ いやぁ、心臓に悪そうですよ・・・ おじいさん、おばあさんは大切にしよう。
2007 Skate America FS
↓ これはおまけ。
2008 SOI Osaka
画面には映っていませんが、大輔君が後ろを向いた瞬間から約2秒、大輔君にロックオンされて、身動きも息も瞬きも出来ずに、ひきつけをおこさんばかりのヒトがいるのです(笑) そのヒトは、その2秒間に、こう思っていました。 「も、もういいよっ!早くあっち向いてください!限界ですっ!!」 あの2秒間がどんだけ長く感じたことか・・・ オモラシしないでよかった。(まじで 笑)
2008.06/17(Tue)
翻訳じゃないですって。ある愛の物語。
登場人物
エカテリーナ (恋人に去られた女)
ミーチャ (去って行った恋人)
イワン (ただの男。恋人への発展はない)
(中略)
ミーチャが去っていったことは、エカテリーナにとっては大変な衝撃だった。 「あたしと彼はとても親しくしていたのよ。ショーゲキだったわ。あたしはあの人に全てを捧げていたの。すべてのエネルギーをね!彼が出場する舞踊大会の準備のため、舞踊レッスンを2か月も一緒に受けたくらいよ。とても悲しいわ。どんなに悲しいか、言葉で言い表せないくらいよ。あたし、本当に彼のことを愛しているのよ。彼はいままで付き合った人たちのなかで一番好きだったわ!」
振り返ってみると、去年の夏ごろからエカテリーナは前兆に気付いていた。 「あたし、日本にいるミーチャに、何度も何度も電話したの。留守電も残したわ。なのに、彼ったら数日後にメール1本で、ごめん、忙しかったんだ、って済ませるのよ。あたし、その時自分の感情を押し殺したわ。だって、彼にあたしが怒ってるって気づかれるのが嫌だったの。本当はものすごく怒ってたのよ」
エカテリーナはミーチャが世界舞踊大会で4位になったのは、靴の問題と、移動のしすぎでちゃんと練習ができていなかったせいだと思っている。
「彼はあたしに何も相談せずにあちこちの舞踊ショーに出演していたのよ。世界中を飛び回ったせいで、練習時間を確保できなかったんだわ (注:実際はミーチャは国内舞踊ショーにしか出ていないが、どこでどんなショーにでていたかをエカテリーナは把握していない。)」
「世界舞踊大会の前に、イワンって子があたしと付き合いたいって迫ってきたの。でも、あたしにはミーチャがいるから、さあ、それはどうかしら、って言ったのよ。ミーチャに4月の日本舞踊大会が終わったら必ず電話してってお願いしたのに、彼ったら無視して連絡くれなかったの。それで・・・あたし、イワンに"yes"って言っちゃったの。イワンとデートし始めて2日後にミーチャからようやく電話があったんだけど、”もう君とは付き合いたくない”って言われたわ」
エカテリーナはミーチャと付き合っているとき、同棲していた。でも、イワンとは一緒に住んでいない。イワンは一人暮らしをしている。それに、エカテリーナは、イワンの振付さえもしてやらずに、カナダの振付師にアウトソースしてしまった。
ミーチャとイワンの扱いは全然違うのだ・・・
(中略)
よくある男女関係だよね。あ、これに酷似した物語がどこかの雑誌にのってるらしいよ(笑)
2008.06/16(Mon)
ライサチェクはタラソワのもとへ(icenetwork.com 6/15/2008 の記事の翻訳)
icenetwork.com 6/15/2008 の記事のテキトーな翻訳 → 原文へのリンク
Lysacek heads to Moscow to join Tarasova
U.S. champ hopes to come up with different programs
By Mickey Brown
ライサチェクはモスクワのタラソワのもとへ
全米チャンピオンはいつもとは違ったプログラムに挑戦する
(06/15/2008) 2008年全米フィギュア選手権で唯一の金メダル、2008年世界選手権棄権という結果は、彼の水準から言えば残念なシーズンだったと言わざるを得ない。
では、スケーターが立て直しを図るにはどうしたらいいのか? 史上最も多作なコーチ兼振付師のところへ行け。それしかない。
全米選手権2連覇中のエヴァン・ライサチェクは月曜日にそれを実行する。モスクワに3週間滞在し、タチアナ・タラソワに新しいプログラムを作ってもらうのだ。タラソワの最近の生徒たちには、2006年オリンピック金メダリスト荒川静香、2006年オリンピック銀メダリストのサーシャ・コーエン、オリンピック2大会でメダリストとなったミシェル・クワン、そして全米選手権3連覇のジョニー・ウィアーがいる。
ライサチェクはこの6年間ずっとロサンゼルスに住んでいる。彼は自分のスケートには変化が必要だと感じている。タラソワがデザインするエレガントなプログラムは、キャリアの岐路に立つライサチェックが今まさに必要としているものなのかもしれない。
「毎年同じようなプログラムを滑っていれば、作品に入り込むのは簡単なことだよね。タチアナに声を掛けたのは、何か違ったものをやって僕のイメージを一新したかったからだ」とライサチェクは言う。
昨シーズンにショートとフリーの両方の振付をしたローリー・ニコルとも引き続きいっしょにやっていく、とライサチェクは主張している。
「チームは変えないよ。ただ新しい観点を加えて強化するんだ」とライサチェクは言う。
ライサチェク・タラソワ組が実現するには長い時間がかかった。二人はこの数シーズン、一緒にやろうとしていたが、スケジュールが合わなかったのだ。
そしてついに、世界で最も運動競技選手的なスケーターの一人と、選手の感情の奥底を引き出す能力があることで知られているコーチのカップルが現実となる。
「僕は彼女と、彼女が一緒にやってきたスケーターたち、彼女が作り上げたプログラムを非常に尊敬しているんだ」 と、ライサチェクは言った。「僕のベストを彼女に差し出せればいいと思っているよ。彼女も同じようにしてくれるだろうからね」
タラソワは愛情をこめて記憶されている「白鳥の湖」を含むショートプログラムをウィアーのために3シーズン連続(2003-04、2004-05、2005-06)で振付けた。後半の2シーズンはフリーの振付もした。
ライサチェクがタラソワに指導を仰いだということは、彼が詩的情緒の世界に入ろうとしているという印なのかもしれない。
「タラソワは素晴らしいアイディアをたくさん出してくれて、それをアスリートのためにしっかりまとめてくれる。そして生徒たちをスケーターとして、芸術家として、きっちり成長させてくれるんだ。それがタラソワの特殊能力だね」とライサチェクは言う。 「僕はこの2、3年、それに対する準備ができていたわけじゃないんだ。でも今は挑戦してみようという気になっている」
ライサチェクはクラシック音楽にあまり興味をそそられない(2005年にニコルが「カルメン」の振付を持っていったとき、彼はその曲を聴いたことがなかった)ので、モスクワへは白紙状態で行くことになる。
「彼女の手にゆだねるよ。僕をあやつり人形みたいに使ってもらうよ」
(ろこ:エヴァンをあやつり人形のように操る・・・ も、萌えーーっ! 変態自重!笑)
翻訳パートは上で終了。
で、ここからはくだらないハナシなので流してください。いつものように・・・笑
4月のJapan Openでのエヴァンは素晴らしかったです。録画をリピ見してます。
さて、ここで問題です。↑のように、ライサチェクは最後の決めポーズをした後、斜め上方を見ています。それは一体、どうしてでしょう?
A.ろこちゃんが前列の人たちが誰も立っていないのに、スタオベを始めたから
B.ろこちゃんがスイス国旗をかなぐり捨てて、スタオベを始めたから
C.ろこちゃんがスタオベしつつ、さらにぴょんぴょん跳びはねてたから
正解は・・・
本人に聞いてみないと確証はないけど(笑) でも、あの時はエヴァンと目が合ってた!と自分本位のアタクシは思うのでした!(笑) エヴァンが振り向いた瞬間くらいに立ち上がって(策士がぁ〜)スタオベしたの。ものすごくヨカッタよね、Japan Openのエヴァン!
彼の丹精な顔立ち、長い手足に、詩的情緒が加わるなんて、素晴らしい。なんだかものすごく期待しちゃいます。とても見たい!
Friends on Iceまであと3週間・・・ おおっ?できたてのホヤホヤを披露してくれるのか?まさか出ないんじゃ・・・ 要観察っ!
タグ : エヴァン・ライサチェク
2008.06/16(Mon)
ジョニー・ウィアー Q&A (icenetwork.com 06/14/2008の記事の翻訳)(BlogPet)
(ズミエフスカヤ)にステファニー・ハンドラーというのグッチの体に追われていいですね――とても不気味だったか?にわかファン、衣装がデザイン画を持った衣装ができればならないよ。
まぁ、そこでオクサナ・バイウルを買った。
*このエントリは、ブログペットの「いくらちゃん」が書きました。
2008.06/15(Sun)
ジョニー・ウィアー Q&A (icenetwork.com 06/14/2008の記事の翻訳)
Q and A with Johnny Weir
Johnny talks about new music, his TV show, and the paparazzi
By Linda Przygodski
原文へのリンクはこちら → リンク
ジョニー・ウィアーQ&A
ジョニーが新プロの音楽、彼のテレビ番組、そしてパパラッチについて語る
(06/14/2008) icenetwork.comはジョニー・ウィアーに2008-09シーズンについて、ニュージャージー州セーコカスでオクサナ・バイウルを目撃したことについて、次のシーズンで選んだ曲についてじっくり話を聞いた。
ICE: 次のシーズンの衣装と音楽はもう決まりましたか?どのようなスケジュール、どのようなプロセスを経て決定するのですか?
JW: ショートとフリーの音楽は決めたよ。ショートはサン・プルーを使う。曲名はまだ言えないよ。彼の曲はたくさんあるからね。とにかくサン・プルーに決めていて、衣装のデザインを始めたよ。衣装のデザインは僕一人でやって、誰ともコラボしないと思うよ。今は振付をする段階にきている。でもフリーについては、まだ公式ルールが出てないから難しいよ。だからプログラムにしっくりくるように音楽を編集する作業はまだ出来ない。ルールがまだだからね。
(ろこ:このフリーのルールというのは6月末のモナコ会議でカナダが提案しているジャンプコンビネーションの得点について?にわかファン、よくわかりません。ご存知の方は教えてください!)
ICE: ISUが四回転ジャンプのポイントを上げましたが、そのことで今シーズンのプログラムに四回転ジャンプを加えることに自信が持てましたか。あるいは、ジェフリー・バトルが四回転ジャンプなしで勝ったので、四回転なしで挑むということを可能性として考えたりしましたか。
JW: 多くのスケーターが四回転ジャンプを入れてくると思うよ。点数が高くなったからね。でもポイントを得るには着氷に成功しなければならない。だから、もしプログラムに加えるだけの良い四回転が跳べていて、着氷ができれば――僕の四回転の成功率は高いし、質もいいと思うけどね――それなら四回転を入れることに何の問題もないよ。去年世界選手権でも全米選手権でも跳んで、大きなハードルを飛び越えたし、何だってやる準備はできているよ。
ICE; 衣装のデザインはご自身でされていますが、デザインが上がったら、次はどうするんですか。次のステップは?
JW: ニューヨークにステファニー・ハンドラーという女の人がいて、僕が子供の頃から彼女が僕の衣装の縫製をしてくれているんだ。最初の頃は彼女がデザインしてたんだけど、そのうち僕が自分でデザインするようになって… 僕がデザインして、僕が選んで、ガリーナ(ズミエフスカヤ)とステファニーと一緒にじっくり見る。それらのデザインが人間の体の上で実際はどのようになるのかを検証するんだ。なぜって、時々僕は、大きな果物の帽子が肩から出てくるようなデザイン画を描いたりするから。そんなものをどうやって体につけたらいいのか考えないとね。まぁ、プロセスはそんな風だよ。それからまずボディースーツだけを決めて、それから飾りや光り物をあれこれ足していく。衣装が出来上がるまでには長いプロセスがあるんだ。
ICE: 私は偶然セーコカスのグッチのアウトレットにいたのですが、そこでオクサナ・バイウルと鉢合わせました。あそこはスケーターたちが高級品を買うときの秘密の買い物スポットですか?
JW: 僕は実際にそこへは行ったことないけど、そこにそれがあるってことは知ってるよ。イヴ・サンローランやグッチがあるんだよね――いや、行ったことはないよ。先週はパパラッチに追われていたんだ。僕はジェフリース(ニュージャージー州)にいて、水着が必要だった――とてもキュートな水着を買ったんだ。兄弟と一緒にケイマン島にバケーションに行くんだよ―― とにかく、水着を買って、店から出てきたら、カメラを持った男がいたんだ。とても不気味だったよ。
(ろこ:「キュートな水着」。気になって仕方ありません)
ICE: 本当にパパラッチだったんですか?ストーカーじゃなくて?
JW: いや、ストーカーじゃないよ。あんな男見たこと無かったしね。普通、僕のストーカーたちは僕に存在を気づかせようとするからね。何人かいるんだけどね。
(ろこ:爆)
ICE: ご自身のテレビ番組「ブラック・スワン・ライジング」について話してください。
JW: あれが映画になるのは確実だね。ラフカットを少し見た。とてもシンプルなものになるだろうね。僕の世界の表面的な部分みたいな。テレビ番組のほうは――ドキュメンタリーの後につけられるはずなんだけど―― しっかり掘り下げている番組だよ。ぼくがロシアに行くところとか、初めてレッド・カーペットを歩くところとか。僕の実際の生活がどんなのかというところを見せるだろうね。ドキュメンタリーの方はどちらかというと、ジョニー・ウィアーが僕らの小さな世界の外側では、本当はどんな人間なのかの概要といったかんじだよ。
(ろこ:Web情報によると「ブラック・スワン・ライジング」は30分x6回シリーズのテレビ番組のようですね。上の発言ではテレビ番組の他にもう一本ドキュメンタリーが編集されているみたいですが、すみません、詳細わかりません)
タグ : ジョニー・ウィアー
2008.06/14(Sat)
全米フィギュア合宿の記事の翻訳 (06/12/2008の記事)
この記事を読むと、アメリカの組織力を羨ましく思います。ああ、参加したい、この合宿!
→ 原文へのリンク
(icenetworkに原文がありますが、今回はキャリエール君の坊主頭がチョイ伸びた写真つきのほうで。男子フィギュアのトレンドは坊主 笑)
Second Annual U.S. Figure Skating Champs Camp Gets Underway Friday第2回全米フィギュアスケートチャンピオン合宿が金曜日から始まる(6/12/2008) 全米フィギュアスケートの特定強化選手Aグループ、Bグループの総勢34名全員とそのコーチたちは、6月13〜15日にコロラド州コロラドスプリングスのオリンピックトレーニングセンターで開催される第2回全米フィギュアスケートチャンピオン合宿のために集結する。チャンピオン合宿の目的は、全米のエリートアスリートとコーチに2010冬季オリンピックの準備をさせるためだ。ゴールの設定の仕方と練習計画の立て方、コミュニケーションスキルの改善、トレーニングの質を高めるための講義、全米フィギュアスケートのポリシーと手続きの明確化、記者会見の受け方のトレーニング、そして組織のマーケティング効果について学ぶ手助けをする。チャンピオン合宿は金曜日から始まり、写真撮影やビデオ撮影をした後、ワールドチームと全米強化選手たちはディナーに向かう。金曜日の晩には1992年オリンピック銀メダリストのポール・ワイリーが基調講演を行う。土曜日には参加者たちは様々なセミナーに出席して講義を受ける。一日の終わりにはチーム・ビルディングの遊び感覚のトレーニングが行われる。日曜日の午前中は「アスリート・ハイ・パフォーマンス」(パフォーマンスの高いアスリート)や国際ジャッジシステムのプレゼンテーションなどが行われる。選手たちはその後、コーチたちや役員を”酷評する”という楽しい余興を行う。何人かの選手は月曜日以降もコロラドスプリングスに留まり、個人的なパフォーマンスの指導を受ける。
- 選手たちは充分なサポートを受けていますよ
- 全米フィギュア界は結束していて、信頼できますよ
- フィギュアというスポーツに様々な組織の叡智 (スポーツ論、アスリートのモチベーションについての研究、組織行動学、マーケティング論) が結集しているんですよ
選手たちも自分たちの所属している組織を誇りに思うでしょうね。ここにはランビ、出席できないんだよねぇ。icenetwork.comにキャンプの写真が少しのってました。ジョニー、元気そうだった!→リンク
2008.06/12(Thu)
ジョニー・ウィアー IFS (July/Aug 2008) カバーストーリー翻訳
※モロゾフがちょっと出てくる。原稿7枚くらいの長い記事です。
Johnny Weir: Act Two
ジョニー・ウィアー: 第二幕
上り坂、下り坂、試行錯誤を経て、アメリカのスターは“魔力”を取り戻した―― そして初めて世界選手権の銅メダル獲得
文:Kathleen Bang 写真: Jay Adeff
打ちのめされたジョニー・ウイアーは彼のフィギュアスケートのキャリアの選択肢は残念ながらただ一つに絞り込まれたと生まれて初めて思った。“引退”である。フィギュアスケートを始めたのが遅かった天賦の才能を持つアスリートにとって、どん底を経験するのは未知の領域ではないようだ。彼の辛らつな発言は彼のブレードさばき同様軽妙で、その一触即発の論争を巻き起こす才能により、賞賛されたり恨まれたりしてきた。
全米選手権を3回制覇。2001年に世界ジュニアチャンピオン。普段打たれ強いスターはこう思った。もう充分いろいろなものを見てきたし、耐え抜いてもきた。過去何年もの間、敗北によって打ちのめされてもいつだって元通り復活してきた。
2003年の全米選手権で怪我をしたウィアーがフリーを途中棄権したとき、ネガティブなレポートが書かれ、将来成功しないだろう、という行き過ぎた憶測が激流のように噴出した。
そして2006年冬季オリンピック。まずはロシアのスーパースターのエフゲニー・プルシェンコだけを追う2位につけてフリープログラムに挑んだ。ウィアーは少し苦戦して、総合5位という立派な成績をおさめた。しかし大きな期待で過熱気味だったアメリカのメディアはウィアーの軽いコメントの一部をキリストの磔のように曲解して流してしまった。
ウィアーのe-mail受信ボックスは何千ものメールで一杯になった。親切な応援メッセージにまぎれて悪意の嫌がらせの手紙があった。そして最悪なことに、殺しの脅迫まであった。
苦い敗北
当時21歳だったウィアーはなんとか立ち直って立て直しを図った。オリンピックからほんの数週間後、彼はカルガリーでの2006年世界選手権に救いが見出せることを願って挑んだ。そこでは7位に終わったが、打たれ強いウィアーは2006-07シーズンにユーモアと楽観主義たっぷりの彼らしいやりかたで臨んだ。
彼の傍らにはフィギュアを始めて以来のコーチであるプリシラ・ヒルがいた。ヒルはウィアーを2004年から2006年の全米チャンピオンに導いた。2007年の全米選手権ではウィアーはキャリアの中で最も痛烈な打撃に苦しんだ。ライバルであり、そして新チャンピオンになったエヴァン・ライサチェクに30ポイント以上はなされて3位に沈んでしまったのだ。
「あれは最悪だった」とウィアーは言う。「過去3度やってきたようには演技できないだろうってわかってたんだ。調子がよくなかったし、準備もできていなかった。それに、僕とエヴァンの周りにはとてつもないライバル関係が築き上げられてしまっていた。すごいプレッシャーを背負って演技しなければならなかった。僕の心は引き裂かれてしまったんだ。他のスケーター、メディア、それにスケートの役員たちにね」
ウィアーはやがて意欲を失ってしまった。「僕は宙ぶらりんで不安定な状態だった。僕はいろいろなことに順応しようとしていたのに、全てが遠くへ去っていくようだった」
決定的瞬間は、2007年世界選手権に向けてトレーニングをした後、車を運転して家に向かっていたとき起きた。そこがどん底だと気がついたのだ。ウィアーは振り返る。「僕は自分にこう言った。“変わって、とことんまでやって、スケートに何を求めるかはっきりさせろ・・・そうしないなら辞めてしまえ”」
その頃になると、ウィアーは彼が2番目のママと呼んでいたヒルが彼のことを信じるのをやめてしまっているのを感じていた。 「僕が物事を好転できると彼女が実際思ってたとしても、僕はそんな印象を受けなかった。彼女のサポートが失われていくのを感じていたよ」
二人が日本に着いたとき、緊張が高まっていた。「その時にはもう、コーチを変えなければならないってわかってた。フリーの演技でリンクに上がる10分前まで僕たちは言い争っていた」 ウィアーは8位に終わった。世界選手権に4回出場したうちの最低の成績だった。
新天地
フィギュアを始めて以来、ウィアーはずっとヒルの指導を受けていた。彼は決断した。変わらなければいけない、彼を信じてくれていると彼が実感できるコーチを探さなければ、そしてもっと重要なことは、もう一度彼自身が彼を信じなければならない、と。
「ガリーナ・ズミエフスカヤは僕のリストのトップにいたわけじゃないんだ。彼女が最後に指導したアメリカ人スケーターはスコット・デイビスだ。それにそれは彼の輝かしい時期のコーチではなかった。彼女からはオクサナ・バイウルとヴィクトール・ペトレンコを超えるようなトップスケーターを育てる成功例が何も見出せなかった」
しかしながら、ウィアーはバイウルとペトレンコの輝かしい実績を見逃していた。バイウルの1994年オリンピック女子金メダルの演技は世界中の観衆を魅了して、国際的に一躍有名になった。ペトレンコの1992年男子金メダルはその後2006年トリノオリンピックまで続く旧ソビエト・現ロシアの男子チャンピオン独占の道を切り開いたものだった。
伝説的なコーチであるタチアナ・タラソワがウィアーのリストのトップにいた。ウィアーがロシアに詳しいロシア好きであるということは有名だ。それに夏に何度かトレーニングを受けたこともある。「アメリカ人がモスクワで一人暮らしをするのがどんなにお金がかかって難しいか調べたんだ。故郷からとても遠いし、ぼくは完全にひとりぼっちになるって気づいた。トレーニングはアメリカで受けなくちゃならない。でも僕にはすでにプリシラ・ヒルという最高のコーチがいたので、他のアメリカ人コーチは考えられなかったよ」
グランプリシリーズで8個もメダルを獲ったことのあるウィアーが次に考えたのはニュージャージー州ハッケンサックを拠点にコーチと振付をしているニコライ・モロゾフだ。タラソワの元アシスタントのモロゾフの予定は既に一杯だった。 「ニコライには高橋大輔や安藤美姫がいたし、他のスケーターやダンスチームにとんでもない量のプログラムを作っているんだ。僕は何か僕のためだけのものが必要だった」
ある春の午後、ニュージャージー州ウェインのIce Vaultで、ウィアーは彼の母親パティと一緒に厳格なウクライナ人ズミエフスカヤと会う約束をしていた。 「あの日の始まりは良くなかったよ」とウィアーは言った。「強い雨の嵐で、ニュージャージー州にそれが上陸したとき洪水になった。僕たちは2時間半も遅刻してしまって、調子が狂ってしまった」
「ジョニーの最初の印象はとても才能のある子だってことね。でもムラがあったわ」とズミエフスカヤは回想する。 「彼は非常に礼儀正しかったわ。私の目をまっすぐ見て、一生懸命練習して勝ちたいんです、と言ったの。私は“一生懸命練習して”という部分をよく覚えておきなさい、皆そう言うけど、実行する人は少ないからね、って言ったのよ」
ズミエフスカヤのアシスタントをするのは彼女の娘で振付師のニーナ・ペトレンコと、彼女の元生徒で義理の息子でもあるヴィクトール・ペトレンコだ。ISUのテクニカルスペシャリストであるヴィクトール・ペトレンコは、新しい採点システムの下でプログラムを分析して微調整してポイントを最大にするという希少な能力を兼ね備えている。偶然だが、ペトレンコは2006年トリノオリンピックのウィアーのプログラムで公式テクニカルコーラーを勤めた。
「ジョニーが12歳になるまでスケートをやったことがなかったって知ってびっくりしたよ」とヴィクトール・ペトレンコは語った。「そんな遅くにスケートを始めて世界のトップ選手になった例なんて聞いたことがない。彼にはひとつ欠点がある。本当の練習というものをしたことがないことだ。彼には特訓が必要だった。彼ができると思っているものを超えるようなトレーニングだ」
ウクライナ人3人組とウィアーの会合の結論として、ズミエフスカヤは単刀直入に言った。「我々のチームに歓迎しますよ。でも、あなたはここへ練習しに来るの。私たちは子供のおもりはしないからね」
ウィアーはむっとした。「僕はそこへ、コーチと永遠の別れをして来ていたんだよ。なのにズミエフスカヤは僕を子供だって非難したりして。子供じゃないよ」と、ウィアーは笑った。 「彼女には言い返したりしないよ」
ロシアのやり方
ウィアーがズミエフスカヤの最初の練習を受けるまでには3ヶ月以上かかった。しかしズミエフスカヤの特訓のスタイルの要求レベルが高いことはほんの数秒でわかった。 「一番初めにリンクに上がったとき、1分遅刻だって言われた。それでストレッチエクセサイズしながら、貴重な氷上での時間を無駄にしたって説教されたよ」 とウィアーは微笑んで言った。 「それはこれから始まることの予告編だったんだ」
「アスリートを管理するロシアのやり方についてたくさん学ばなきゃならないことはわかっていたよ。僕は一人で滑ることを禁じられた。ほとんどいつも3人のチームがついていて、常時最低一人がついていた。それには慣れが必要だったね」
ウィアーが隠し持っていた驚くべき才能。それは独学で学んだロシア語会話の知識だ。 「初めての会議のとき、ガリーナはロシア語で話してニーナが通訳をしていた。ガリーナは英語で話せるのにだよ。彼らが知らなかったことは、僕がロシア語を結構うまく話せるってことだね。だから僕は彼らが何を話しているかわかっていたよ」
トレーニングが始まると、どの言葉を使うかなどといった事はすぐに消えてなくなり、2日も経つとズミエフスカヤはウィアーに速口のロシア語で指示を出すようになった。
トレーニングを始めたときウィアーは自信過剰だった、とウィアーは言う。ズミエフスカヤは彼を彼のコンフォート・ゾーン(居心地よく感じる領域)から追い出した。 「彼女はすぐさま僕がジャンプで犯していた技術的なミスを全部指摘したんだ。普通はジャンプがうまくいくとみんな本当にそれを褒めてくれるんだ。ガリーナは僕のことを丹念に厳しくチェックして僕が直さなければならない欠点の全てをリストにするんだ。僕はナーバスになったよ。僕は彼女を魅了しようとしているのに、彼女は難攻不落みたいだ」
ゆっくりと、ぎこちなくではあるが、旧ソビエト出身のコーチとペンシルベニア州コーツビルバレー出身の生徒は彼らのリズムを見つけだし、進歩があらわれてきた。
プログラムの練習に6週間を費やした。ウィアーはズミエフスカヤが彼が最も恐れる言葉を怒鳴っているのを聞いた。ラン・スルー(通し練習)だ。 「ラン・スルーって嫌いだ。全然ありがたくない。“プログラム全体を通してやってみましょう”って彼女が言った日、僕の心は沈んだよ」
ウィアーはジャンプで3回転倒した。ステップシークエンスの最中、もう少しで転倒しそうになった。 「ひどい出来だと思ったよ」 とウィアーは回想する。 「でも彼女のやり方でやった。そしたら最後にガリーナが“素晴らしかったわ!”って言ってくれた。それで幾分プレッシャーがなくなったよ。完璧である必要はないんだってわかった。僕は単純に彼女のやり方が正しいって信用していればいいんだ。なぜなら彼女はなにしろオリンピックチャンピオンを2人も輩出してるんだから」
厳格な外見の下で、ズミエフスカヤはウィアーを賞賛している。 「ジョニーは特別よ。自分のスタイルを持っているもの。誰にも似ていないし、誰の真似をしようとしていない。それにジョニーのマネをするのはとても難しいですよ。だって彼の才能は唯一無二のものだから」と彼女は言う。 「私が差し出せるだけの精一杯のものを、彼は受け取ってくれる。――コーチにとってそれ以上素晴らしい事はありません」
愛のある厳しさが度を越してしまったとき、振付師兼プログラム改善担当のニーナ・ペトレンコが間に入る。 「もしジョニーが困っていて、それを直接私の母に言えない時、彼は私と話せるんです。私はバンパーみたいなものよ」 とニーナ・ペトレンコは言った。
全てを結集
今シーズンのグランプリシリーズ初登場となる中国大会にウィアーが登場した時、ニーナ・ペトレンコは家でお祈りの蝋燭に火をともした。同大会にはライサチェクも出場している。 「僕はエヴァンに二度と負けたくなかった。僕の新しいコーチと派手に成功したかった」とウィアーは言う。 「フリーの”Love is War”の演技をしていたとき、ガリーナが動き回っているのが見えた。彼女は僕と一緒に演技しているんだ!彼女はキス・アンド・クライでとても喜んでいたよ。輝いていた」
ズミエフスカヤのアプローチは功を奏したようだった。ウィアーが中国を去るときには彼のバックには金メダルが入っていた。
続く10日間、ウィアーはモスクワで練習してグランプリシリーズのモスクワ大会に備えた。 「シーズンの中でも完璧に準備ができている、と感じて最高だった」とウィアーは言う。
彼はコーチにも注意を向けるようになった。 「ガリーナは僕らの練習を友達や同僚が見るのを嫌がるんだ。彼女はしばらくロシアで選手のコーチをしていなかったからね」 ウィアーはロシア大会を制覇した史上初のアメリカ人シングルスケーターとなった。
2007年の終わり、ウィアーのタンクはほぼ空になり、初めてのグランプリファイナルは4位に終わった。
1月にセント・ポールで全米選手権大会が行われた。メダルを獲れないとウィアーはワールドチームから外れてしまう。 「全米選手権の前の数日は、左肩の骨の下あたりの痛みを伴う痙攣で目が覚めていた。首を回せなくて、ただくしゃみをするだけで誰かが僕の脊椎を剥がしてるんじゃないかと思うくらい痛かった」
批判を恐れ、ウィアーは怪我のことをごく内輪以外には秘密にした。奇跡的にショートの”Yunona I Avos”で1位となった。
次に起きたことはアメリカのフィギュアスケートの歴史に刻まれることだろう。男子部門で総合得点が同点になったのだ。 「フリーはマジカルだった」とウィアーは言う。「ぼくが最後のステップシークエンスのときに胸が詰まって泣き出したのをガリーナが見ていて、“集中して、集中して、ポイントを稼ぐのよ!”って叫んでいた。僕はスピンやステップのことなんて本当に考えてもいなかったよ。頭の中はデラウェアの家、僕が昔使っていたリンク、ニュージャージーの風景が次々に浮かんでいた。ロシアの風景も見た、中国のも見た、全部見えたんだ。プログラムが終わったとき、涙があふれ出てきた。観客が叫んでいて、僕はこう思ったんだ。“戻ってきたよ!”」
混乱の中、キスアンドクライのテレビ画面で、彼の名前とライバルのライサチェック両方に1位と表示されているのが見えた。総合得点が小数点第2位まで同じスコアだった。しかしながら、フリーで勝ったライサチェクが金メダルを獲得した。ウィアーは自分とライサチェックの演技を見ていない。 「見たらさらに嫌なきもちになるだろ」 とウィアーは言う。 「タチアナ・タラソワがロシアのテレビで全米選手権のコメンテーターだったんだ。彼女は僕が勝ったと思ったって言ってくれた。僕にはそれで充分だよ」
2008世界選手権はスウェーデンのヨーテボリで行われたが、近くのタイムゾーンに慣れるため、ウィアーはモスクワに戻って練習した。その頃は彼の生活全てをしっかり管理しようとするズミエフスカヤにウィアーは時々腹を立てていた。シーズンを通して二人がぶつかったのはその時期だけだったとウィアーは振り返る。
ウィアーはショートを完璧にこなした。いよいよフリーだ。その4分間でウィアーが世界選手権でメダルを獲れるかが決まる。メダルを獲れなかったら、アメリカチームは1994年以来始めてメダルなしで帰国することになる。
世界選手権の表彰台に3人の男たちが立った。カナダ国歌がアリーナに響いた。新ワールド・チャンピオンのジェフリーバトルの片側には銀メダリストのフランスのブライアン・ジュベールがいた。反対側には銅メダルを誇らしげにかけたジョニー・ウィアーがいた。 「チーム全体のおかげで、僕は表彰台に立てました。そして自分をもう一度信じることができました」とウィアーは言った。
世界選手権とオリンピックの表彰台の両方の頂点にのぼったことのあるヴィクトール・ペトレンコは2010年バンクーバーについてこう予言した。 「もしジョニーが能力を最大限に使えば、次のオリンピックチャンピオンになりえるよ」
※この日の「ここ、好き」↓
タグ : ジョニー・ウィアー
2008.06/12(Thu)
China dailyのPang/Tong記事にコメントが掲載された件
ポストした当初は多分内容チェックのために即時反映はされてませんでしたが、今日行ってみたら掲載されてました。
原文リンク の、コメントリンク参照
これでPang/Tongさんのキャリアハイが世界選手権4位ではなく、金メダルだ、と少しでも認識されるといいですね。
はるさん、
はるさんの名前はコメントに書きませんでしたが、「ブログでこのようなコメントが寄せられました」ってかんじではるさんを間接的に登場させてます。(こういうの、楽しくないですかぁ?笑)
2008.06/11(Wed)
モロゾフがチラっと出るPang/Tongペアの記事の翻訳 (06/11/2008 CHINA daily)
CHINA daily.com 6/11/2008 → 原文リンク
Skating pair hopes new routine can win over judges
新しいプログラムがジャッジの好評を得られますように
2010年バンクーバーオリンピックまであと1年半である。(ろこ:ひ〜〜!ここでアバウトはやめてください!後生だから、あと1年8ヶ月、って言っておくれよ!と、どこまでもロシア文学かぶれのワタクシ)中国フィギュアスケートペアのベテラン、Pang QingとTong Jianはすでにオリンピックでの初メダル獲得へと歩み始めている。
オリンピックに2度出場した経験のあるこのペアは、すでに新しいプログラムを完成させた。(ろこ:早っ!)その改良を加えたプログラムがジャッジに好印象を与えることを期待している。
「最初から、私たちのパフォーマンスは優雅でクラシカルでした。それがジャッジに感銘を与えていました。それは私たちの強みでもありましたが、今やジャッジだちは変化を期待しているのです」とTongは言う。
「もう一度ジャッジたちを感動させるには、何か新しいことをして彼らの関心を高めなければなりません」
彼らにとって最後となるかもしれない冬季オリンピックに備え、29歳ペアは新たに考案したスタイルで注目を集め、2010年のオリンピック表彰台を狙う。
二人は1ヶ月に及ぶアメリカ出張から戻ってきたところだ。世界的に有名な振付家であるニコライ・モロゾフとサラ・カワハラに新しいプログラムを作ってもらって練習してきたのだ。(ろこ:ニコライ、油断なく働いているね。サラ・カワハラはPang/Tongペアの振付やってたので、ニコライの能力が ”再考案” に一役買われたのね…。いろいろな活躍をしているのね。)(訂正:コメントでご指摘のように、ニコライは昨シーズンもこのペアの振付してました。はるさん、ありがとうございます)
ショートはブルース基調の音楽、フリーはアップテンポなタンゴの編集曲だ。彼らの以前のフリーはやや遅くて叙情詩的だったので、対照的なものとなっている。
「いろんな種類の音楽を聴いて、過去とは掛





